私たちにとって身近な三味線。その音色が、実は遠くヨーロッパの人々の心をも揺さぶってきたこと、ご存知でしたか?


「べらぼう」に洒落てた江戸の音

三味線が世界を魅了した理由。実は「雅で高尚」だからではないのかもしれません。
江戸の三味線音楽は、洒落ていて、粋で、ちょっぴり色っぽい。そんな庶民文化の香りが詰まった音楽でした。蔦屋重三郎が浮世絵や読本を“編集”して江戸の流行を生み出したように、長唄もまた、当時のポップカルチャー。芝居小屋からお座敷まで、あらゆる場面で人々の心を躍らせていたのです。
だからこそ、異国の人々にも自然と届いたのかもしれません。言葉を超えた、粋のリズムと間。これが、三味線の持つ普遍的な魅力なのでしょう。


パリ万博が開いた「文化の扉」

1867年。フランス・パリで開催された万国博覧会に、日本が本格的に公式参加しました。着物や浮世絵、漆器などと並んで、伝統音楽の紹介もあり、来場者の耳に三味線の音が届いた瞬間、「異国の静けさ」に包まれたと伝えられています。
あの印象派の作曲家・ドビュッシーも、日本の音楽に惹かれたひとり。雅楽や三味線、琵琶の音源に触れ、「波のように揺れる旋律」にインスピレーションを得たそうです。彼の作品に漂う東洋の気配は、まさにその証。


大英博物館に響いた、大師匠・勝国先生の音

そんな歴史が“過去の栄光”ではないと教えてくれる出来事が、2024年に起こりました。
ロンドンの大英博物館で開催された浮世絵展で、音声ガイドのBGMに使われたのは、なんと長唄の人間国宝・杵屋勝国(きねや かつくに)先生の三味線演奏。代表作「二人椀久」のしっとりとした響きが、浮世絵の色彩と共に、来場者の感覚を包み込んだのです。
その音源は、勝国先生の代表演奏を収録したCD作品『みすじの糸』からのもの。まさに“音の美術品”とも言える一枚です。
※ 参考記事:杵勝会「二人椀久」が世界に響く

実は私は、その勝国先生の孫弟子にあたります。私の師匠である杵屋勝くに緒先生が、勝国先生の直弟子にあたる方。演奏技術だけなく、音や所作に宿る“粋”の精神を、私たちにも伝承してくださっています。だからこそ、大英博物館で勝国先生の音が使われたと知ったとき、他人事とは思えず、胸の奥がじんわりと熱くなりました。自宅でCDを聴きながら、ロンドンに想いを馳せました。


音がつなぐ、過去と今、そして世界

伝統とは、古びたものではなく、時代とともに息をするもの。
パリ万博から150年以上経った今も、三味線の音は世界の美術館に響いています。そして、そんな音を奏でる私たちひとりひとりが、そのバチ先で、次の時代の扉をたたいているのかもしれません。


参考・引用文献・資料

  1. 『ジャポニスムと日本音楽』井上章一(青土社、2006)
  2. ギメ東洋美術館 所蔵品カタログ(パリ)
  3. 『ドビュッシーと東洋』山根銀二(音楽之友社、1995)
  4. 「日本音楽の海外紹介と近代化」/国立音楽大学研究紀要(2020)

みすじの糸~杵屋勝国の世界~ 3枚組 6,600円(税込)
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