「歌舞伎町」という地名、きらびやかなネオンや映画館のイメージが強いかもしれません。
でも、実はこの名前の由来には、ちょっと意外で素敵な “夢の物語” があるんです。
幻に終わった「新宿歌舞伎座」の構想
第二次世界大戦後、焼け野原となった新宿の一角。そこで、人々は新しいまちづくりに取り組み始めました。その中で1948年(昭和23年)、地元の有志たちが打ち出した構想。「この場所に本格的な歌舞伎劇場を建てよう」。
当時の計画では、劇場を中心に文化施設を集め、“芸能と娯楽のまち”として再生を図るというものでした。そして、この計画にあわせて、旧・角筈一丁目は、「歌舞伎町」という新しい名前を得ることになります。
ところが、戦後の資材不足や財政難に加え、都市計画の変更なども重なり、劇場建設の夢は実現しませんでした。
そして、映画館「新宿ミラノ座」へ
劇場の代わりに建てられたのが、1956年(昭和31年)に開館した『新宿ミラノ座』です。約1,100席を備えたこの映画館は、当時としては日本でも最大級の規模! 長らく新宿を代表する娯楽施設として親しまれてきました。
『スター・ウォーズ』『タイタニック』など、時代を彩る名作たちがここで上映され、多くの人が集い、笑い、涙した場所。しかしながら、時代の変化とともに幕を閉じ、2014年大晦日に閉館となりました。
その跡地は再開発され、2023年には「東急歌舞伎町タワー」として生まれ変わります。
そして令和の時代に、再び“歌舞伎”の灯
そんな再開発の中で注目されたのが、東急歌舞伎町タワー内に誕生した新劇場「THEATER MILANO-Za」。そして、ここで実現したのが、2024年5月の歌舞伎公演「歌舞伎町大歌舞伎」です。
中村勘九郎さん・七之助さんが出演し、華やかな舞台が繰り広げられたこの公演。かつての「いつかこの地に歌舞伎座を」という幻の構想が、76年の時を越えて“ほんの少し叶った”かのような、そんな出来事でした。
※ 参考:歌舞伎町大歌舞伎(公演は終了していますが、インタビュー記事などがご覧になれます。)

和の音が響くこの街で
私自身、三味線を日々お稽古するなかで、新宿という街が持つ多面性に驚かされます。にぎやかな繁華街のすぐそばに、ふっと心が落ち着くような和の文化がそっと息づいている。
「伝統芸能、和楽器って難しそう」と思われがちです。でも、こんな風に街の物語とのつながりを感じると、ちょっと親しみやすく思えてきませんか?
歌舞伎町の名前の奥には、日本の文化への憧れと誇りが込められています。長唄三味線を弾くことも、そんなこの土地の記憶を受け継ぐ、小さな営みのひとつなのかもしれません。
歌舞伎と長唄の関係については、こちらをご覧ください。